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神戸地方裁判所姫路支部 昭和61年(ワ)386号 判決

原告(反訴被告)(日本住宅土地株式会社訴訟承継人)

国際興業株式会社

右代表者代表取締役

小佐野政邦

右訴訟代理人弁護士

瀧瀬英昭

被告(反訴原告)

三浦真子

右訴訟代理人弁護士

澤田和也

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金二七六五万二五〇五円及びこれに対する昭和六一年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)の反訴その余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを五分し、その四を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

第一  当事者の求めた裁判

(本訴事件)

一  請求の趣旨

1  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金八四万〇二八〇円及びこれに対する昭和五七年一〇月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え

2  訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

(反訴事件)

一  請求の趣旨

1  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)に対し、金四三四〇万五六五五円及びこれに対する昭和六一年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は反訴被告(原告)の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告(被告)の請求を棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告(被告)の負担とする。

第二 当事者の主張

(本訴事件)

一  請求原因

1  日本住宅土地株式会社(旧商号・日本電建株式会社)は、建築物の設計・施工・工事監理などの請負を主たる目的とする株式会社であった。

原告(反訴被告)は、昭和六一年一〇月一日、右会社を吸収合併し、同社の権利義務一切を承継した(以下、両社を併せて単に「原告」という。)

2  建物建築工事請負契約及び残代金請求

(一)  原告は、昭和五六年五月二九日、被告(反訴原告。以下単に「被告」という)との間で別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)の設計施工につき、請負代金を三五六五万円とする建築工事請負契約(以下「本件請負契約」という)を締結し、同年一〇月二六日、右工事を完了して本件建物を被告に引き渡した。

(二)  被告は、右請負代金のうち、二五万八〇〇〇円を支払わない。

3  立替払契約及び立替払金請求

(一)  被告は、本件請負契約に関連して、原告に対し、昭和五六年七月末ころ、左記各費用について各支払先への立替払いを依頼するとともに最終立替日までに立替金を返済することを約し、原告はこれを承諾した。

(二)  そこで原告は、左のとおり、被告の債務について合計六六万四八八〇円を立替払いした。

(1) 昭和五六年一〇月二一日、訴外日本火災海上保険株式会社に対し三三万一九〇〇円

但し、被告が前記請負代金の支払いに充てるため、訴外協同住宅ローン株式会社から二五七〇万円の融資を受けるにつき、本件建物について右保険会社との間で火災保険契約を締結したことによる火災保険料

(2) 昭和五七年一〇月一九日、訴外司法書士吉田洋三に対し合計三三万二九八〇円

但し、本件建物についてなした抵当権設定登記等の登記費用

(三)  被告は、予め原告に対し、概算費用として一五万円を預託していたので、左の①ないし④の各費用合計六万七四〇〇円を控除した残額である八万二六〇〇円を右立替金の支払いに充てたが、なお五八万二二八〇円が不足している。

① 建築確認申請書及び委任状貼付印紙代 九二〇〇円

② 建築確認申請手数料

一万八〇〇〇円

③ 請負契約書貼付印紙代

二万〇〇〇〇円

④ 金銭消費貸借契約及び委任状貼付印紙代 二万〇二〇〇円

4  よって、原告は、被告に対し、請負残代金二五万八〇〇〇円と右立替金残額である五八万二二八〇円の合計八四万〇二八〇円及びこれに対する最後の立替日の翌日である昭和五七年一〇月二〇日以降支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2(一)同3(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)(1)のうち、被告が本件請負代金の支払いに充てるため協同住宅ローン株式会社から二五七〇万円を借り受けたことは認め、その余の事実は知らない。同(2)の事実は否認する。

(2)の抵当権設定登記費用等については、被告において全額支払済みである。

(三)  同(三)の事実のうち、被告が原告に対し、概算費用として予め一五万円を預託していたことは認めるが、原告が主張する①ないし④の立替払い、その相殺及び相殺後の不足立替金はいずれも否認する。

特に、③の請負契約書貼付印紙代二万〇〇〇〇円は、原告が所持する請負契約書貼用のものと思われ、本来的に原告が印紙法の定めにより負担すべきものである。

三  抗弁(一)―請負残代金請求権の時効消滅

1  原告は、被告に対し、昭和六一年三月一三日付、そのころ被告に到達した内容証明郵便をもって本件請負残代金を請求し、同年四月に姫路簡易裁判所に対し、被告を債務者として融資手続費用の名目で本件請負残代金につき支払命令の申立てをなし、同裁判所は同月八日支払命令を発したが(被告の異議申立てにより本件訴訟に移行)、右原告の請求の日は、被告が本件建物の引渡しを受けた昭和五六年一〇月二六日から三年以上経過している。

2  よって、被告は、民法一七〇条二号に基づき、請負残代金の消滅時効を援用する。

四  抗弁(二)―立替払金請求に対する相殺

本件建物には次のとおり原告の責任に基づく瑕疵が存在し、被告は原告に対し、本件建物の瑕疵の修補に代え金四三四〇万五六五五円の損害賠償請求権を有する。

1  本件建物の瑕疵

(一)  構造上の欠陥

(1) 鉄骨柱と鉄骨梁との仕口(接合部)の剛接合の欠落(建築基準法施行令六七条違反)

イ 本件建物は重量鉄骨造建物であり、その構造形式としては、鉄骨柱とH型鋼による鉄骨梁との剛接合のみで垂直構面の隅角の角度保持を図るいわゆる剛構造を採用している。

そして、本件建物の設計図書によれば、右剛接合とするための溶接の継目形式は、梁として使用されているH型鋼のフランジ部分と柱との仕口(以下「フランジ部分」という)は突き合わせ溶接に補強すみ肉溶接とする旨、また梁のウェッブ部分と柱との仕口(以下「ウェッブ部分」という)はすみ肉溶接とする旨指示されている。

しかるに、本件建物では、フランジ部分においては突き合わせ溶接がなされておらず、すみ肉溶接がなされているだけであり、ウェッブ部分ではすみ肉溶接はなされているものの、極端に溶肉の脚長が不揃いであること、ビード幅が不均一であること及びビードの外観が不良であることから、目視しただけでも判別できる不良溶接がなされており、構造耐力上必要とされる剛接合強度に欠ける。

ロ 補剛材(水平スチフナー又はダイヤフラム)の欠落

鉄骨柱と鉄骨梁との仕口を剛接合した場合には、仕口部分に水平力が加わったときフランジ部分に応力が集中するので、柱が変形し仕口部分の破壊を防ぐため、鉄骨柱内部に、鉄骨梁上下フランジの延長線上に水平スチフナー又はダイヤフラムと呼ばれる補剛材を使用すべきであり、本件設計図書においてもこれを施工すべき旨の指示がある。

しかるに本件では、かかる施工が欠落している。

(2) 梁と梁との継手(接合部)の高力ボルトの施工間隔(ピッチ)の不良

本件では、設計図書で梁と梁とを同じ軸方向で繋ぐ場合の継手は、そえ板をあて高力ボルトで接合するよう指示されており、そのように施工されている。

ところで、日本建築学会の鉄骨工事技術指針によれば、本件で使用されていると思われるF10TH22の高力ボルトを六本使用する場合のそえ板の長さは五四〇ミリメートルでなければならないのに、現状では五〇〇ミリメートルの長さのそえ板しか使用されていない。

また、本件では、右技術指針の施工間隔の標準を無視し、また、設計図書における指示とも異なり、一方のはしあきを三八ミリメートル、ピッチを七二ミリメートル、他方のはしあきを五〇ミリメートルとばらばらなボルト施工がなされており、本件設計図書が前提とする継手の接合耐力が得られない。`

(3) その他の構造欠陥

イ 継手ナットの締めつけ不良

H型鋼の梁と梁の継手部分の下側のフランジにそえられているそえ板を締めつけているボルトのナットの差し込み方向が悪く、上下フランジの間にトルクレンチを当てて締め付けざるをえないが、トルクレンチが梁のH型鋼の上下フランジに当たって充分にナットの締め付けができないことから、ここに使用される高力ボルトに必要なトルク(軸力)が与えられていない。

ロ 使用されている鋼材の品質及び溶接棒の規格外品の使用

建物の構造の安全確保のためには、使用される材料自体の安全性も確保されなければならないが(建築基準法三七条)、本件建物では、主要構造部材である柱又は梁に使用されてる鋼材について、被告に対し使用鋼材についての品質証明書が提出されておらず、規格品であるか否かについて明らかでない。

また、溶接棒には規格外品が使用されている。

(二)  消防(耐火)上の欠陥(建築基準法二七条違反)

本件建物は三階部分を共同住宅の用に供するものであり、建築基準法二七条により耐火建築物でなければならないところ、同法令によれば、本件建物の柱及び梁については、一時間耐火性能を有するものでなければならず、また、本件の建築確認図書にも本件建物の主要構造部中、柱、梁について一時間耐火と指定しており、これを確保するために、同法令では柱に鉄網モルタル塗り耐火被覆をする場合には厚さ四センチメートル以上に、梁に石綿吹き付け耐火被覆をする場合には厚さ三センチメートル以上にしなければならない旨定められている。

ところが、本件建物の柱及び梁の耐火被覆の厚さは、ともに二センチメートル程度しかなく、所定の耐火性能を欠いている。

また、本件建物の床に使用されている鉄材のデッキプレートの下面は鉄板のままであるが、そこに耐火被覆として吹き付けられている石綿の厚さも三センチメートル以上にしなければならない旨定められていながら、本件では二センチメートル厚程度しかなく、所定の耐火性能を欠いている。

(三)  対候性能及び設備仕上げなどの欠陥

(1) 外壁段窓よりの雨水侵入

外壁に面する上下二段のアルミサッシの窓(段窓)の外壁ALC板(発泡性軽量コンクリート板)への取り付け(サッシ組立)納めが悪く、そのため段窓サッシ回りから雨水が侵入する。

(2) 給排水、ガス管の床面貫通穴の閉塞不良

本件建物の上階を貫通している給水管・排水管・ガス管の床面貫通部分とこれらの管との隙間にモルタル等の充填がなく、階下異臭や煙等が上階に漏れて不快感を与えている。

(3) ダクトパイプの継手の欠落

天井裏に配管されているビニールダクトとビニールダクトの継ぎ目に正規の継手パイプが使用されず、単にガムテープだけで継がれているため、その隙間から室内に臭いがもれて不快感を与えている。

(4) 一階駐車場床と東側道路との段差

駐車場として使用されている本件建物の一階の床面と東側道路との段差が東北側で三〇センチメートルもあり、自動車の出し入れを不便なものとしている。

(5) 一階天井(二階床)の吹き付け石綿の固着欠落

本件建物の二階床裏(一階駐車場の天井部分)の鋼板には、耐火建築物とするため石綿が吹き付けられているが、格別内装材としての天井が施工されず、石綿がそのまま露出し、かつ、その表面に固結材が施工されていないため、強風や人の接触により石綿が剥離し散乱する状態にある。

(6) 床排水孔の施工方法の不良

本件建物の二・三階西側に設けられている開放型廊下に設置された床排水孔が居住者の歩く位置に寄りすぎており、また、その周りが急勾配となっているため、歩行上の危険を生じている。

2  原告の責任(選択的主張)

(一)  不法行為責任

右欠陥は、本件建物の設計及び工事監理を担当した一級建築士たる原告の従業員が、建築士法所定の注意義務を怠り、建築基準法令に従った設計図書どおりの施工をさせなかったことにより発生したものである。

特に構造上及び耐火上の欠落は、建築基準法令及び日本建築学会の技術基準を遵守していないばかりでなく、建物が完成すれば内外装で隠蔽されて目視できないものであり、仮に目視しても建築知識のない被告には欠陥と判らぬものであり、また、これらは材料と手間を不当に削減し、不当な利益を上げようとする手抜きの故意をも推認させるに足りる行為であるとともに、構造上、耐火上の安全性を欠くことにより人身に危害が生じることもやむなしとの認容をも推認させるものであり、これら手抜き行為及び工事監理者の義務懈怠は不法行為と目すべきものである。

よって、原告は使用者として、民法七一五条に基づき被告の被った損害を賠償する責任がある。

(二)  債務不履行責任

本件請負契約に基づく本件建物の施工に関し、前記瑕疵が存在するのであるから、原告は、本件請負契約の履行につき不完全履行があり、民法四一五条に基づき、被告の被った損害を賠償すべき責任がある。

(三)  瑕疵担保責任

本件請負契約に基づく本件建物の施工に関し、前記瑕疵が存在するのであるから、原告は、被告に対し、民法六三四条二項に基づく瑕疵の修補に代わる損害賠償の責任がある。

3  被告の損害

(一)  再施工費用 二七九一万円

本件建物の欠陥の内容、程度、箇所等に照らすと、本件建物については、内外装を撤去し一旦鉄骨架構を解体したうえ、工場において鉄骨柱と鉄骨梁との仕口に補剛材を追加施工し、所定の剛接合のための溶接をし直した後、再度現場での軸組組立て、必要な耐火被覆、内外装屋根等の再施工を行うことが欠陥補修のための相当な方法である。

(二)  別途工事費用仮内装代金等

合計六三一万円

被告は、原告から本件建物の引渡しを受けた後、他の業者に二階料理教室部分と居宅部分につき別途工事をさせた。これら工費中、本件建物取り壊し補修により再利用できない部分の工費が損害となり、また、修補期間中、賃借物件で営む料理教室の仮内装及び同撤去費用も損害となる。

(1) 居宅及び二階料理教室の別途工事費分損害 四四二万円

(2) 料理教室の仮内装代等損害

一九八万円

(三)  修補期間中の住宅等賃料相当額

本件建物の修補には五か月を要すると見込まれるところ、その間被告は本件建物に居住し、料理教室としてこれを利用できず、また、本件建物三階部分を共同住宅として他人に賃貸し賃料を収受することができない。したがって、補修期間中に原告が支出を余儀無くされる賃料及び受領不能となる賃料が損害となる。

(1) 被告の自己使用住居部分相当住居賃借料 三八万一二二五円

被告は、本件建物の二階部分中約56.52平方メートルを居住用として自己使用している。ところで、同三階部分三部屋合計93.34平方メートルを一か月合計一二万六〇〇〇円で賃貸しているので、その単価は一か月一平方メートル当たり一三四九円となり、被告が右住居部分と同様の住居を賃借するとすれば、右単価に住居使用面積を乗じた額の支払いが必要となり、五か月の補修期間中右金員が必要となる。

(2) 料理教室用賃借料

二四万八三五〇円

被告は、本件建物の二階部分中36.82平方メートルを料理教室として使用しているところ、補修期間中この使用が不可能となるので、他に同面積の教室用建物または部屋を賃借せざるを得ない。この場合の賃料は、(1)と同様の計算により、右金額となる。

(3) 収受不能となる共同住宅の賃料相当額 六三万円

前記(1)のとおり、被告は一か月一二万六〇〇〇円の賃料を収受しており、五か月の補修期間中右金額の賃料収入を失うことになる。

(4) 車庫代相当損害 一八万円

本件建物一階部分は、普通乗用車六台分の駐車場となっており、二台分は一か月六〇〇〇円で共同住宅の賃借人に賃貸し、四台分は被告保有車及び料理教室受講者用として使用している。

したがって、本件建物の補修期間中、右二台分の賃料収入が得られず、また、四台分については他所で賃借しなければならないことから、右金額が損害となる。

(四)  登記費用及び不動産取得税相当額 九七万四〇八〇円

本件建物の補修は、基礎部分を除き上部躯体を解体せざるを得ず、あらためて建物の表示登記、所有権保存登記及び住宅ローンのための抵当権設定登記手続が必要となるほか、不動産取得税の納付が必要となる。したがって、本件建物について支出した右同様の費用相当額合計九七万四〇八〇円が損害となる。

(五)  本件欠陥調査鑑定費用

一二〇万円

本件建物の欠陥のうち、構造上及び耐火上の欠陥については、建築専門家による調査鑑定をまたなければ、建築の素人である被告には判らぬものであり、本件建物の欠陥の有無、内容、発生原因、相当な補修方法等を正確に知り自己の権利を擁護するために右調査鑑定を必要とした。したがって、鑑定報酬として支払った右金額が被告の損害となる。

(六)  慰謝料 一〇〇万円

被告は、長年の公務員勤務の中で節約した頭金をもとに待望の新居兼賃貸共同住宅を建設したものの、原告の手抜きによる美匠仕上げや設備等の欠陥に悩まされ、四年近くにわたる再三の補修交渉に心労の限りを尽くしていたところに突如として本件本訴を提起されたばかりでなく、調査鑑定の結果、構造上及び耐火上の安全性を欠くことを知った驚きは筆舌に尽くしがたく、被告の受けた精神的損害は右金額を下らない。

(七)  弁護士費用

四五七万二〇〇〇円

本件訴訟が、高度に技術的・専門的訴訟追行能力を要することは言うまでもなく、被告が負担すべき弁護士費用は、右金額を下らない。

4(一)  原告主張の請負代金残額は時効によって消滅しており、また、原告が立替支払ったと主張する登記費用は被告において支払っている。したがって、火災保険料のみが残ることとなるが、仮に原告が右火災保険料を立替支払ったとしても、原告主張の被告の預託金残額八万二六〇〇円は右火災保険料に充当すべきこととなり、火災保険料の残額は二四万九三〇〇円となる。

(二)  被告は、昭和六一年一〇月九日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、右損害賠償請求権を自働債権として、原告の被告に対する右二四万九三〇〇円の立替金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

五  抗弁(一)(消滅時効)に対する認否

原告が昭和六一年四月に姫路簡易裁判所に対し、本件請負残代金につき融資手続費用の名目で支払命令の申立てをなし、同裁判所が同月八日支払命令を発したが、被告の異議申立てにより本件訴訟に移行したことは認める。

六  抗弁(二)(相殺)に対する認否

1(一)  構造上の欠陥について

本件建物が鉄骨造建物であり鉄骨柱と鉄骨梁は剛構造であること、本件設計図書上、梁を同じ軸方向で繋ぐ場合の継手は、そえ板をあて高力ボルトで接合するよう指示されていること、高力ボルト接合による接合耐力を前提に応力計算されていることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(二)  消防上の欠陥について

本件建物の鉄骨柱の耐火被覆の鉄網モルタル及び梁の耐火被覆たる石綿の厚さが二センチメートルしかないとの事実は否認する。

(三)  対候性能及び設備仕上げなどの欠陥について

(1)、(2)及び(6)の事実は否認する。

(3)につき、二階浴室天井裏のダクトの継手がガムテープであることは認めるが、これは、二階の浴室を被告の指示により取り替えた際、応急処置したまま失念したもので、修補は容易である。

(4)につき、一部に被告主張にかかる段差のあることは認めるが、自動車の出入りに支障をきたすものではない。本件建物は、被告立会いのうえ建築位置が決められたものである。

(5)につき、固結材が施工されていないことは認めるが、それがために石綿が容易に剥離・散乱する状態ではない。本件建物建築当時、現在のようにウェット工法は定着しておらず、予算的制約もあり、当初より設計計画にウェット工法は採用していない。

2  同2ないし3は争う。

本件建物は、完成後の昭和五九年五月三〇日には震度四、マグニチュード5.5の地震を体験し、その他数回の地震、台風にも遭遇しているが、別段具体的危険を感じさせる兆候は何もなく、被告は、自らあるいは第三者に賃貸して平穏に使用し収益を上げているものである。

したがって、被告の主張は本件建物を解体撤去の上立替え費用を請求するものであり、かかる請求は過大であるばかりでなく、右現況にある本件建物を解体撤去することによる社会経済的損失が大きい。

また、本件建物の溶接に手抜きがあり、このために法定の構造耐力を有しなかったとしても、比較的低廉な費用で壁面ブレースを補強設置することにより、容易に構造耐力の不足を解消させることができる。そのために、本件建物の用途・外観に僅少の不便等が残るが、これによる損害は僅かであり、補修に過大の費用を要するか、補修のために著しく用途・外観等が変わり被告の当初の目的を達することができないという場合でなければ、補修を是認すべきである。

七  再抗弁(一)(瑕疵修補請求権の除斥期間の経過)

仮に鉄骨柱と鉄骨梁の溶接に瑕疵が存するとしても、原・被告間の本件請負契約書第一六条において、構造体についての工事上の瑕疵についての瑕疵担保期間を引渡しの日から二年間と合意している。

右溶接は構造体であり、被告の請求がなされたのは、本件建物が引き渡された昭和五六年一〇月二六日から二年を経過した後であるから、もはや損害賠償の請求はなしえない。

八  再抗弁(二)(損益相殺)

1  仮に被告主張の瑕疵が存在し、原告主張の壁面ブレースの補強による補修が認められないとしても、被告は、本件建物の引渡しを受けた昭和五六年一〇月二六日以降、本件建物の三階部分の三戸を他に賃貸して月額一二万九〇〇〇円以上の、同二階の半分を被告の自宅としまた残りの半分を料理教室として営業用に使用して右同額以上の利益を得、一階を駐車場として他に賃貸して月額二万円以上の合計月額二七万八〇〇〇円、年間三三三万六〇〇〇円の利益を得ており、右引き渡し後一二年間にわたるその合計額は四〇〇三万二〇〇〇円に上る。

右利益合計を得るための管理費等として一割を控除しても、被告は、本件建物の使用により三六〇二万八八〇〇円の利益を得たことになる。

2  よって、被告に認められる損害額から右利益は控除されるべきである。

九  再抗弁(一)に対する認否・反論

本件請負契約書第一六条の記載は不知。

仮に、右合意がなされているとしても、かかる合意は、建築に素人の注文者でも瑕疵であることが認識しうる対象事項について、あるいは、認識していなくても瑕疵の修補に多大の費用を要せず、又は構造の安全性など建物存続のうえで重要な事項でない瑕疵について、瑕疵担保期間を短縮する旨の合意がなされたものと解すべきであり、本件のように、素人である注文者に瑕疵であることが発見不能もしくは甚だ困難と見られる構造上の欠陥に関しては、瑕疵担保期間短縮合意の対象外である。

一〇  再抗弁(二)に対する反論

被告は本件建物の所有権を取得しており、これを自由に使用収益できるのであるから、本件建物の使用収益により、被告が相当賃料を収受し得るのは当然のことである。

被告は、本件建物に瑕疵があることにより右賃料を得ていたわけではなく、被告が本件建物の瑕疵を理由に請求している損害賠償と右賃料は法律上の牽連関係がないのであるから、右賃料は、当該賠償債権の損益相殺の対象となる収益とはならない。

(反訴事件)

一  請求原因

1  請負契約の成立及び本件建物の瑕疵に基づく損害

本訴事件の請求原因2及び抗弁(二)1ないし4のとおり。

2  よって、被告は、原告に対し、民法七一五条、同四一五条あるいは同六三四条二項に基づく損害賠償として四三四〇万五六五五円及び反訴状送達の翌日である昭和六一年一二月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、仮に原告の立替金が認められるのであれば、その対当額で相殺した残額の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

本訴事件六のとおり。

三  抗弁及び抗弁に対する認否

本訴事件七ないし一〇のとおり。

第三 証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

(本訴事件)

一  請求原因について

1  同1及び2(本件請負契約の成立及び請負残代金二五万八〇〇〇円の未払い等)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  同3(立替払契約等)について

(一) 成立に争いのない甲第五号証及び証人沖秀秋の証言によれば、同3(一)の事実(立替払契約の成立)が認められる。

(二) 火災保険料の立替払いについて

弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正が認められる甲第一、第二号証、成立に争いのない同第四ないし第六号証並びに被告本人尋問の結果によれば、同3(二)(1)の事実が認められる。

(三) 登記手続費用等について

成立に争いのない甲第三ないし第五号証、第一六ないし第一八号証及び原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証並びに証人沖秀秋の証言によれば、①本件建物の諸登記手続にあたった吉田洋三司法書士は、昭和五六年一〇月一五日、原告に対し、右手続費用等として合計三三万二九八〇円の請求書を交付しており、即日右金員を受領していること、②原告が被告に対して送付した昭和五六年一〇月一五日付、昭和五七年三月二六日付、同年五月二八日付及び同年七月三〇日付の各「概算金請求書」では、昭和五六年一〇月一五日に原告が登記手続費用合計三三万二九八〇円を支払った旨の処理がなされていること、③本件請負契約書においては、登記手続及び火災保険契約の締結等は原告がこれを代行し、各諸費用は本件建物の登記完了後に清算する趣旨の条項があること、以上の事実が認められる。

しかし、被告が吉田司法書士が発行した前記登記手続費用の領収書を乙第一号証として提出していることに照らせば、右領収書は被告が所持しているものと推認され、また、被告本人も登記手続費用は被告が支払った旨供述しているうえ、証人沖秀秋の証言及びそれにより真正に成立したものと認められる甲第一二号証によれば、原告方備付けの被告に関する顧客台帳には、前記各「概算金請求書」とは異なり、昭和五七年一〇月一九日に原告が登記手続費用合計三三万二九八〇円を支払った旨の記載がなされていることが認められるところ、証人沖秀秋の供述及びその他の証拠によっても、右齟齬の理由が明らかでないことを併せ考えると、前記認定事実によっては、原告が前記登記手続費用を立替支払ったとは認め難く、他に原告が前記登記手続費用を立替支払ったとの事実を認めるに足る証拠はない。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

(四) 同3(三)の事実のうち、被告が予め原告に対し、概算費用として一五万円を預託していたことは当事者間に争いがなく、前掲甲第四、第一六ないし第一八号証及び証人沖秀秋の証言によれば、原告において同①ないし④の各費用合計六万七四〇〇円を右預託金から支出し、八万二六〇〇円の預託金残額があることが認められる。

なお、本件においては、原・被告双方が本件請負契約書を作成・保持しているものと考えられ、契約書貼付印紙代は合計四万円となるのであるから(前掲甲第五号証、印紙税法二、三条)、請負契約書貼付印紙代二万円は原告が負担すべきものであるとの被告の主張は理由がない。

(五) よって、原告の立替払金は火災保険料金の三三万一九〇〇円と認められ、右金員は、被告が原告に対し返済すべきものであるところ、本件では、原告において右預託金残額八万二六〇〇円を控除した金員を請求するので、二四万九三〇〇円につき原告の請求を認めることができる。

二  抗弁(一)(消滅時効)について

1  原告が昭和六一年四月に姫路簡易裁判所に対し、本件請負残代金につき融資手続費用の名目で支払命令の申立てをなし、同裁判所が同月八日支払命令を発したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一一号証によれば、原告は、右申立てに先立つ同年三月一三日、被告に対し、請負残代金の支払いを催告していることが認められる。

しかし、右請求は、被告が本件建物の引渡しを受けた同五六年一〇月二六日から三年(民法一七〇条二号)を経過した後になされたことは明らかである。

2  抗弁(一)2の事実(消滅時効の援用の意思表示)は、当裁判所に顕著である。よって、被告の抗弁(一)は理由がある。

三  抗弁(二)(相殺)について

1  本件建物の瑕疵の存否について

(一) 構造上の欠陥について

(1) 鉄骨柱と鉄骨梁との仕口(接合部)の剛接合の欠落

本件建物が重量鉄骨造建物であり、鉄骨柱と鉄骨梁が剛構造であることは当事者間に争いがなく、証人村岡信爾の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一二ないし第一四号証、成立に争いのない同第二五、第二七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第二九号証、証人花田洋幸及び同田淵悟の各証言、鑑定人井川敏之の鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

すなわち、①本件建物は、剛構造を採用しているところ、本件建物の躯体構造において、鉄骨柱と鉄骨梁との接合部は構造上主要な接合部であって、建築基準法(以下「法」という。)二〇条一項、三六条、同法施行令(以下「施行令」という。)三六条、六七条二項により、構造耐力上その部分の存在応力を伝達しうるものでなければならないこと、②そして、本件建物の梁は、設計図書でH型鋼を使用するものと指示されており、現に本件建物の梁にはH型鋼が使用されているところ、H型鋼を使用した場合において右要求を満たすためには、ウェッブ部分についてはすみ肉溶接で足りるものの、フランジ部分においては突き合わせ溶接(完全溶込溶接)を行う必要があること、③本件建物の鉄骨詳細図においても同様の溶接指示がなされるとともに(なお、フランジ部分については更に補強すみ肉溶接も指示されている)、かかる溶接方法を前提として構造計算書上その構造耐力が算出されており、これらを受けて、本件建物の建築確認がなされていること、④右突き合わせ溶接を行うためには、別紙図面一のとおり、開先を取ること(部材相互が一体となるように溶接されるよう、鉄骨柱に接する鉄骨梁のフランジ先端を約四五度斜めに削り、溶接棒が奥まで入りやすくすること)、エンドタブを付けること(溶接の始点と終点は電気的にアークが不安定となりやすく、溶接欠陥が発生しやすいことから、不安定アークの影響を食い止め溶接不良を防止するため、添板を取り付けること)、スカラップを設けること(梁フランジの全断面を柱に溶接する際、梁ウェッブと溶接線が交差し加熱の繰り返しで溶接不良が発生することを防止するため、梁ウェッブ角に四分の一円程度の切り欠き部を設けること)、以上の三点が不可欠であること、⑤ところが、本件建物においては、別紙図面二の赤丸で囲まれた接合部分を調査した結果、調査箇所すべてにおいて右三点の施工がなされておらず、突き合わせ溶接として不完全な結果に終わっているばかりでなく(鑑定の結果では、別紙図面二の赤丸で囲まれた接合部分についての調査では、超音波探傷検査の結果「鋼構造建築溶接部の超音波探傷検査基準」にしたがえば突き合わせ溶接としては不合格との判定がなされ、また、突き合わせ溶接とは認定できないとされている)、本件建物の鉄骨の溶接を施工した田淵鉄工株式会社(以下「田淵鉄工」という)では、そもそも右三点の施工が必要不可欠とは認識していなかったこと、⑥すみ肉溶接が指示されているウェッブ部分においても、田淵鉄工においては、手動溶接との制約は考えられるものの、一溶接箇所につき数本の溶接棒を使用していること、以上の事実が認められる。

以上認定事実に照らせば、突き合わせ溶接が指示されている本件建物の鉄骨柱と鉄骨梁のフランジ部分のすべてにつき突き合わせ溶接がなされていないものと推認され、また、ウェッブ部分のすみ肉溶接も不安定アークの影響を受けている可能性が高いものと窺われる。このように、フランジ部分において構造耐力上必要とされる突き合わせ溶接がなされておらず、また、ウェッブ部分のすみ肉溶接についても所定の強度を有しているか甚だ疑問であり、本件建物は、その存在応力を十分に伝達しうる構造になっていないものと推認することができ、建物の構造耐力に関する具体的技術基準(法二〇条一項、三六条、施行令三六条、六七条二項)に適合しないと解されるから、本件建物の剛接合(溶接)には、施工及び工事監理上の瑕疵があるというべきである。

(2) 梁と梁との継手(接合部)の高力ボルトの施工間隔(ピッチ)の不良

本件設計図書上、梁と梁とを同じ軸方向で繋ぐ場合の継手は、そえ板をあて、高力ボルトで接合するよう指示されていることは当事者間に争いがなく、前掲乙第一二、第一四、第二五、第二九号証、証人村岡信爾の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、①本件建物の鉄骨詳細図では、別紙図面二の二階のB通・G1梁の二か所の継手部分(①と②の間)のフランジ部そえ板の長さは五〇〇ミリメートル、二二ミリメートル径の高力ボルトを六本を一列として二列に使用し、その間隔(ピッチ)は七〇ミリメートル、一方のはしあき(両端部分)は五〇ミリメートル、他方のそれ(中央部分)が六〇ミリメートルと指示されていること、②かかる高力ボルト接合による接合耐力を前提に応力計算がなされ、建築確認がなされていること、③日本建築学会の鉄骨工事技術指針によれば、本件で使用されている高力ボルトの場合は、はしあきをそれぞれ五五ミリメートル、ピッチを八〇ミリメートル、母材間の隙間を五ミリメートルとすることを標準と定め、これに従えば、本件のようにボルトを六本使用する場合のそえ板の長さは五四五ミリメートルとなること、④実際の施工では、そえ板は指示通りのものが使用されていること、⑤別紙図面二の二階①Bと②B間のG1梁の継手について、高力ボルトの一方のはしあきを三八ミリメートル、ピッチを七二ミリメートル、他方のはしあきを五〇ミリメートルと鉄骨詳細図の指示とは異なるボルト施工がなされていること、以上の事実が認められる。

しかしながら、設計図書で指示されたピッチ及びそえ板の長さに関しては、右乙第一二号証中に添付された構造設計規準の解説において(乙第一二号証の一〇七頁)、二二ミリメートル径のボルトのピッチにつき、五五ミリメートルを最小として許容する趣旨と思われる記載がなされているとともに、右認定のとおり、本件の鉄骨詳細図によるピッチ、そえ板の長さを前提として建築確認がなされていることからすると、本件建物において、鉄骨工事技術指針の標準値を満たさないことのみをもって、直ちに本件設計図書が前提とする継手の接合耐力を得られないと結論づけることはできないと解される。

もっとも、右認定のとおり、設計図書の指示とは異なるボルト施工がなされている以上、当該部分は本件建物の構造計算書上必要とされる接合耐力を欠くものと推認され、施工及び工事監理上の瑕疵があるというべきである。

(3)  なお、被告は、その他の構造上の欠陥として、本件建物には補剛材である水平スチフナー(ないしはダイヤフラム)が欠落していること、継手ナットの締めつけ不良、使用されている鋼材及び溶接棒が規格外品であることをそれぞれ主張し、前掲乙一二号証及び証人村岡信爾の証言には、これに沿う記載及び証言が見受けられる。

しかしながら、継手ナット及び品質に関する主張はいずれも推測の域を出ず、また、補剛材に関する主張も、右村岡の証言によれば、本件建物の鉄骨柱にはH型鋼が使用されているものの開口部には鉄板による蓋が施され、水平スチフナーが設けられる部分は現認できない状況であって推測の域を出ないことは同様であり、他にこれらの事実を認めるに足りる証拠もないことから、右諸点に関する被告の主張は理由がない。

(二) 消防(耐火)上の欠陥

前掲乙第一二、同第二五号証、証人村岡信爾の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる同第一五号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、①本件建物は、三階部分を共同住宅として使用するものであるから、法二七条一項一号により耐火建築物(法二条九号の二)としなければならず、主要構造部である柱、梁及び床(同条五号)は耐火構造(同条七号)、すなわち、本件建物の場合は一時間耐火被覆の施工を要すること(施工令一〇七条一号、昭和三九年建設省告示第一六七五号第三)、②同告示によれば、一時間耐火被覆の施工として、柱を鉄網モルタルで覆う場合には塗厚さ四センチメートル以上に、梁を吹付石綿で覆う場合には塗厚さ三センチメートル以上にそれぞれしなければならず、本件設計図書(乙第二五号証添付のNO.9矩形図)においても同様の指示がなされ、かかる耐火構造を前提として建築確認がなされていること、③また、本件建物の床についても、右施工令一〇七条一号に基づく耐火構造の指定を定めた昭和四四年五月三一日建設大臣告示第二九九九号により、耐火被覆として塗厚さ三センチ以上が必要とされ、右設計図書上も、梁部分と一体となって「トムレックス吹き付け(ア)30ミリ(一時間耐火)(各階共通)」と指示され、建築確認を受けていること、④ところが、本件建物の柱及び梁の耐火被覆の厚さは、証人村岡が調査した二か所ともに二センチ程度しかなく、床下面についても一か所の調査ではあるが同様の結果が得られたこと、以上が認められる。

右事実によれば、本件建物は、耐火上の安全性に関する建築基準法令所定の具体的な技術水準が充たされておらず、所定の耐火性能を欠いているものと推認できるから、その耐火構造には、施工及び工事監理上の瑕疵があるというべきである。

(三) 対候性能及び設備仕上げ等の欠陥

(1) 二階浴室天井裏のダクトの継手がガムテープであること、一階駐車場床と東側道路とに段差のあること、石綿に対し固結材が施工されていないことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第五ないし第七号証、前掲同第一二号証、証人村岡信爾の証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、①本件建物二階に設置されたアルミサッシ窓(上下二段窓)の立枠、鴨居、中鴨居の組み立て方が悪く隙間が生じ、漏水の原因となっていること、②上階の床を貫通している給水管、排水管及びガス管の周りにモルタル等の充填材が施工されておらず隙間があり、前記二階浴室天井裏のダクトの継手がガムテープであることと併せ、三階の臭気が二階に伝わる原因となっていること、③二階及び三階西側に設けられている開放型廊下に設置された床排水孔の位置が内側(歩行部分)に寄りすぎ、その周りが急勾配となっているため、歩行に支障をきたすこと、④駐車場の床面と東側道路との段差が東北側で三〇センチあり、自動車の出し入れを不便なものとしていること、⑤本件建物の二階床裏(一階駐車場の天井部分)の鋼板には、耐火建築物とするため石綿が吹き付けられ、石綿がそのまま露出していること、以上の事実が認められる。

(2) そして、建物建築請負契約においては、当事者間に明示の特約がなくても、建物が通常備えるべき品質・性能を有し、利用上の安全を図ることが契約上当然合意されているものと解すべきであるから、右認定事実のうち、①外壁段窓よりの雨水侵入、②給排水、ガス管の床面貫通穴の閉塞不良、③ダクトパイプの継手の欠落、④一階駐車場床と東側道路との段差、⑤床排水孔の施工方法の不良は、いずれも本件請負契約に基づく施工及び工事監理上の瑕疵というべきである。

しかしながら、吹付石綿の固着が欠落しているとの被告の主張については、本件全証拠によっても強風や人の接触により石綿が剥離し散乱する状態にあるとは認められず、これをもって本件請負契約上の瑕疵と解することはできない。

2  原告の不法行為責任について

前掲乙第二五号証、証人花田洋幸及び同田淵悟の各証言によれば、①原告の従業員であり一級建築士たる右花田が、本件建物の設計及び工事監理にあたったこと、②鉄骨の加工・溶接及び現場における組立ては、原告の下請業者から請け負った田淵鉄工が施工したこと、③田淵鉄工による施工に関しては、原寸検査及び現場における組立ての際には、右花田ないしその補助者が立ち会ったが、溶接作業については、何ら具体的指示及び監督を行わず、溶接の方法が設計図書の指示通りになされているかの確認もしていないこと、以上の事実が認められる。

ところで、本件建物には、前記構造上の瑕疵(溶接不良及びボルトピッチの指示違反)だけでなく、耐火の瑕疵、対候性能及び設備仕上げ等の瑕疵が存するところ、鉄骨造建物が安全に存続しうるためには、まずもって構造耐力に関する具体的技術基準(法二〇条一項、三六条、施行令三六条、六七条二項)を満たし、鉄骨構造上建物の存在応力を十分に伝達しうる構造性能を有することが不可欠の条件であり、建築基準法令等が詳細な規定を設けているのも、建物居住者のみならず周辺住民等の生命及び財産等を保護するための最低限の担保とするためであると解される。してみると、建物建築の設計及び工事監理にあたる建築士の職責は重大であり、建築士法の定めるところにより、建築士が工事監理を行う場合においては、工事が設計図書のとおりに実施されていないと認めるときは、直ちに工事施工者に注意を与え(同法一八条三項)、設計図書及びその前提である建築基準法令等の具体的技術基準を満たす工事施工を図るべき注意義務があるといわなければならない。

しかるに、右認定事実によれば、右花田は工事監理者としての右注意義務を怠り、その結果本件建物の構造上の瑕疵を招いたものと認められるのであるから、右花田の行為は不法行為に該当するものと解される(なお、後記のとおり、右瑕疵によって本件建物の安全な存続を図ることは困難であると考えられ、また、建物の完成により同瑕疵が隠蔽される結果となることに照らすと、右義務の懈怠の違法性は高いと言わざるを得ない)。

してみると、原告は、右花田の使用者として、民法七一五条に基づき、被告の受けた損害を賠償すべき責任がある。

3  被告の損害について

(一) 本件建物の補修方法及び損害の捉え方

(1) 前記2のとおり、本件建物には構造上及び耐火上の瑕疵が認められ、特に右構造上の瑕疵により、本件建物は建築基準法令が予定する構造耐力に欠けるものと推認されるのであるから、本件建物の安全な存続を将来にわたって図ることは困難であると考えられる。そして、右構造上及び耐火上の瑕疵が本件建物内に組み込まれた鉄骨部分に生じていること及び前掲乙第一二号証及び証人村岡信爾の証言によると、右瑕疵を補修するためには、内外装を撤去し一旦鉄骨架構を解体したうえ、工場において所定の剛接合のための溶接をし直した後、再度現場での軸組組立て、必要な耐火被覆、内外装屋根等の再施工を行うことが相当な方法であり、結局のところ、本件建物を建て替えるのと同程度の工事が必要となることが認められる。

(2) 原告は、比較的低廉な費用で壁面ブレース(すじかい)を補強設置することにより、容易に構造耐力の不足を解消させることができる旨主張し、証人名村諭司及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第七号証によれば、一応右事実を認めることができる。

しかしながら、右補修方法は、耐火上の瑕疵には対応できず、また、原告が予定する施工方法で壁面ブレースを設置することは、本件建物の開窓部にブレースが通る結果となるばかりでなく、仕切りのない空間として利用されている一階駐車場の利用にも支障をきたすことが容易に予想されるのであるから、本件建物の瑕疵を補修する方法としては相当とは思われない。

他方原告は、本件建物は、完成後の昭和五九年五月三〇日には震度四、マグニチュード5.5の地震を体験し、その他数回の地震、台風にも遭遇しているが、別段具体的危険を感じさせる兆候は何もないこと、被告の主張は本件建物を解体撤去の上建て替え費用を請求するものであり、かかる請求は過大であるばかりでなく、右壁面ブレースにより本件建物の用途・外観に僅少の不便等が残るが、これによる損害は僅かであり、補修に過大の費用を要するか、補修のために著しく用途・外観等が変わり被告の当初の目的を達することができないという場合でなければ、ブレースによる補修を是認すべきであると主張する。

しかしながら、本件建物には、その基本的・構造的部分に重大な瑕疵があり、建築物の最低の基準を定めるとする建築基準法令(法一条)所定の構造耐力を欠くものであるから、今日まで倒壊の危険を免れたことが直ちに本件建物の安全性を物語るものではない。また、本件は民法六三四条一項但書が予定する場合ではなく、むしろ、重大な瑕疵であるからこそ補修費用も増加するものであり、原告の主張を前提とすれば、結局のところ、原告の帰責事由から生じた瑕疵による損害を被告において負担せざるを得ない結果となり、かえって不合理であると解される。

(3) もっとも、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和五六年一〇月二六日に本件建物の引渡しを受けたのち本件口頭弁論終結時までの一二年余りの間、家族とともに本件建物に居住してこれを使用している事実が認められ、右再施工による補修がなされれば、耐用年数の伸長した建物等を取得する結果となる。かかる結果は、本件建物の補修以上の利益を被告にもたらすものであり、損害の公平な分担の見地から、これを是認することは相当でないと考えられる。

したがって、被告としては、本件建物に瑕疵がなかったとしたならば、現在において維持されている本件建物の価値を有しておれば足り、再施工によって得られる利益から、本件建物の使用にかかる損耗減価分を控除した価値が、本件建物の瑕疵と相当因果関係にある損害(被告が賠償を受けるべき利益)であると解される。

(二) 再施工費用

二〇九三万二五〇〇円

前記(一)(1)の再施工法を行う場合、前掲乙第一二号証、証人村岡信爾の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる同第二八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第三六号証によれば、解体後利用可能な資材を再利用するとの前提で、本件建物の補修費用は二七九一万円が見込まれることが認められる。

しかしながら、前記(一)(3)のとおり、被告が耐用年数の伸長した建物を取得することは、本件建物の補修以上の利益を被告にもたらすものであり、使用期間相当分の損耗減価分は被告において負担すべきである。そして、かかる減価分は、結局のところ、右施工費用を基準にして判断するほかないから、本件に現れた一切の事情(特に、本件建物の引渡しから既に一二年経過していること)を考慮して、右金額の七五パーセントである二〇九三万二五〇〇円をもって、本件瑕疵と相当因果関係のある損害とするのが相当と考える。

(三) 別途工事費用仮内装代金等

(1) 居宅及び二階料理教室の別途工事費分損害 八八万四〇〇〇円

証人村岡信爾の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一六号証及び被告本人尋問の結果によれば、①被告は、原告から本件建物の引渡しを受けた後、他の業者に二階料理教室部分と居宅部分につき別途工事をさせたこと、②右工費中、再利用できない部分の工費として四四二万円が見込まれることがそれぞれ認められるが、これら工事の殆どが住宅設備関係ないし配管関係であり、その使用態様、損耗減価等を考慮すると、右金額の二〇パーセントである八八万四〇〇〇円をもって、本件瑕疵と相当因果関係のある損害とするのが相当と考える。

(2) 料理教室の仮内装代等損害

被告は、修補期間中、賃借物件で営む料理教室の仮内装及び同撤去費用合計一九八万円も損害となると主張する。

しかしながら、かかる主張は、補修期間中の料理教室収入を確保しながら、さらに料理教室での必要備品費等を求めるものであり、補修期間中の休業損害を求めるのであれば格別、右費用は本件瑕疵と相当因果関係に立つ損害とは認められない。

したがって、この点に関する被告の主張は採用しがたい。

(四) 修補期間中の住宅等賃料相当額

(1) 被告の自己使用住居用賃借料

三八万一二二五円

前掲乙第一二号証、証人村岡信爾の証言によれば、本件建物の補修には五か月を要するものと認められるところ、前掲乙第二五号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件建物二階部分のうちの約56.52平方メートルを居住用として使用していることが認められ、したがって、被告は、右本件建物の補修期間中他に住居を賃借しなければならないこととなる。そして、被告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第四四号証の一ないし三によれば、被告は、本件建物三階部分の三部屋合計93.34平方メートルを共同住宅として賃貸し、一か月につき合計一三万円の賃料を得ていたことが認められる。したがって、右賃貸部分の賃料は一平方メートル当たり一か月の賃料は約一三九二円となるところ、被告が前記自己使用部分相当の住居を賃借すれば一か月七万八六七五円の賃料を負担しなければならないこととなり、前記補修期間中の賃料は合計三九万三三七五円となり、被告は、少なくとも被告主張の三八万一二二五円を下らない損害を被ったものと認められる。

(2) 料理教室用賃借料について

前記(三)(2)のとおり、補修期間中に料理教室を開校することを前提とした損害を認めることはできない。

(3) 収受不能となる共同住宅の賃料相当額について

被告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第四四号証の一ないし三によれば、被告は、本件建物三階部分の三部屋を共同住宅として賃貸していた事実が認められるが、各賃貸借契約は、平成元年一二月ないし平成三年一一月の間それぞれ終了し、現在は賃料収入は存しないのであるから、補修期間中の賃料収入を損害とすることはできない。

(4) 車庫代相当損害 三万円

右(3)のとおり、現在は賃借人からの駐車場料金の収入は存しないのであるから、かかる相当損害は認められず、また、前記(三)(2)のとおり、補修期間中に料理教室を開校することを前提とした別途駐車場賃借料の請求もできない。

弁論の全趣旨によれば、被告は、本件建物一階部分を自動車一台につき一か月六〇〇〇円で駐車場として貸していたことが認められ、被告が保有する自動車の別途駐車場料金として、被告主張にかかる右金額が、本件瑕疵と相当因果関係のある損害になるものと考える。

(五) 登記費用及び不動産取得税相当額 九七万四〇八〇円

前記本件建物の補修の規模に照らせば、あらためて建物の表示登記及び保存登記が必要となり、かつ、不動産取得税の納付が必要となることが推認される。そして、被告が本件請負代金の支払いに当てるため協同住宅ローン株式会社から二五七〇万円を借り受けたことは当事者間に争いがなく、前掲甲第一二号証、乙第一号証及び被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、右借受金は二一年間の分割払いで借り受け、本件建物に抵当権を設定しその旨の抵当権設定登記を経由したことが認められるから、補修後の建物についても右融資についての抵当権設定及びその登記が必要となることが推認される。

そして、前掲乙第一号証、成立に争いのない同第一七号証の一、二によれば、右費用として右金額が必要となり、右金額が本件瑕疵と相当因果関係のある損害であると考える。

(六) 本件欠陥調査鑑定費用

一二〇万円

前掲乙第一二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四九号証及び証人村岡信爾の証言によれば、被告は、本件建物の瑕疵の存否、内容、原因等を技術的に把握し、原告に相当な請求をするために、一級建築士である右村岡及び鳥巣次郎に調査・鑑定を依頼し、右村岡に鑑定料等として合計一三五万円を支払ったことが認められ、前記認定のような本件瑕疵の内容、程度、判定の困難性等を考えると、調査・鑑定費用として一二〇万円が本件建物の瑕疵と相当因果関係にある損害と認められる。

(七) 慰謝料 一〇〇万円

前掲乙第五ないし第七号証、成立に争いのない同第八ないし第一〇号証、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は、長年の公務員勤務で節約した頭金をもとに待望の新居兼賃貸共同住宅を建設したものの、本件建物引渡し直後から数々の欠陥に悩まされ、本訴提起後の調査鑑定の結果、構造上及び耐火上の安全性を欠くことが判明し、大きな精神的打撃を受けたものと認められる。そして、右精神的打撃は、瑕疵の補修方法として再施工法を採用してもなお慰謝されないものと認められるから、その金額は、その他諸般の事情を考慮し、一〇〇万円が相当であると認められる。

(八) 弁護士費用 二五〇万円

弁論の全趣旨によれば、被告は、本件訴訟追行を弁護士である被告代理人に委任し、相当額の費用・報酬の支払いを約したことが認められる。そして、本件では、原告が不法行為責任を負うことは前記のとおりであるから、本件事案の内容、損害額その他一切の事情を考慮し、原告が負担すべき相当因果関係にある被告の弁護士費用は二五〇万円とするのが相当である。

(九) 以上によれば、被告の損害額は二七九〇万一八〇五円となる。

4  抗弁(二)の4(二)の事実(相殺の意思表示)は、当裁判所に顕著である。

四  再抗弁(一)(除斥期間の経過)について

原告は、本件請負契約の締結に際し、本件建物の構造体についての工事の瑕疵に関する瑕疵担保期間を本件建物の引渡しの日から二年間とするとの合意が成立した旨主張するが、前示のとおり、原告の責任は不法行為に基づくものであるから、原告の右瑕疵担保責任を前提とする主張は失当である。

五  再抗弁(二)(損益相殺)について

一般に、不法行為責任が認められる場合、被害者が当該不法行為により利益を得ている場合には、公平の見地から、損害額から右利益を控除すべきである。しかしながら、本件において原告が主張する賃料等の利益は、本件建物の瑕疵の有無にかかわらず、被告が本件建物の所有権を取得したことに由来する使用収益権限から認められるものであって、原告の不法行為によって得られた利益ではないのであるから、これを損益相殺の対象となる利益と解することはできない。

よって、原告の主張は理由がない。

六  まとめ

以上によれば、本訴請求につき、原告の立替払金請求として二四万九三〇〇円を認めることができるものの、他方、被告は原告に対し二七九〇万一八〇五円の損害賠償債権を有し、これを自働債権として原告の債権と対当額で相殺したから、原告の右請求債権は消滅したものというべきである。

(反訴事件)

本訴事件の三ないし五のとおり、被告は、原告に対し、不法行為責任に基づき二七九〇万一八〇五円の損害賠償債権を有するところ、原告の立替払金債権二四万九三〇〇円と対当額で相殺した結果、被告の請求は、その残額二七六五万二五〇五円において理由があるものとなる。

(結論)

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は右二七六五万二五〇五円及び不法行為の日かつ本件建物の引渡しの日の後であり、反訴状送達の翌日である昭和六一年一二月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する、

(裁判長裁判官寺﨑次郎 裁判官芦髙源 裁判官池田信彦)

別紙物件目録〈省略〉

別紙図面 〈省略〉

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